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2026.01.30

「国ができた日」ではない?意外と知らない建国記念の日

タグ:#発見

もうすぐ2月11日。カレンダーには「建国記念の日」と書かれていますが、皆さんはこの祝日をどう呼んでいますか?
おそらく多くの方が、つい「建国記念日」と言っているのではないでしょうか。
実は、法律上の正式名称は「建国記念の日」。この小さな「の」には、日本の成り立ちや歴史観が色濃く反映されているのです。
 

建国記念日ではなく“建国記念の日”である理由

なぜ、わざわざ「の」を挟むのか。
その理由は、日本が建国された“正確な日付”を歴史的に特定できないことにあります。

アメリカの独立記念日のように、「この日に国が誕生した」と明確に示せる史実が、日本には存在しません。
日本の建国は、神話の時代にまで遡るため、いつ・どこで国が始まったのかを一日の日付として断定することが難しいのです。

そのため、「建国された日そのもの」を記念するのではなく、
日本という国が成り立ったこと自体を祝う日として、「建国記念“の”日」という名称が採用されました。
この表現には、歴史への配慮と、日本独自の成り立ちを尊重する姿勢が込められているのかもしれません。
 

なぜ2月11日が選ばれたのか

では、なぜ数ある日の中から2月11日なのでしょうか。
その由来は、日本最古の歴史書とされる『日本書紀』や『古事記』に記された、初代天皇・神武天皇の即位にあります。

『日本書紀』によると、神武天皇が即位したのは紀元前660年1月1日。
これを現在の太陽暦に換算すると、2月11日にあたるとされています。

もちろん、これは史実としての「建国日」ではありません。
しかし、日本の始まりを象徴する出来事として、この日が選ばれ、建国をしのぶ日となったのです。
 

一度廃止された「建国を祝う日」

実は2月11日は、かつて「紀元節」と呼ばれる祝日でした。
明治時代から戦前にかけては、「四大節」のひとつとして、国を挙げて祝われていた日でもあります。

ところが、第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の方針により、紀元節は廃止されました。
天皇を中心とした国民意識の高まりを懸念したためだと言われています。

しかしその後、「建国を祝う日そのものは必要なのではないか」という声が国民の間で次第に高まっていきました。
復活までの道のりは決して平坦ではなく、9回もの議案提出と廃案を繰り返した末、1966年にようやく現在の「建国記念の日」として制定されました。

私たちが何気なく過ごしているこの祝日の裏側には、
日本の歴史をどう受け止め、どう次の世代へ伝えていくのか――そんな先人たちの思いが重なっているのです。


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