江戸の涼を奏でる「江戸風鈴」。 創業110年、篠原風鈴本舗を訪ねて
東京・江戸川区。1000度を超える炉の熱気が静かに漂う工房で、
明治時代から続く伝統の灯を守り続けているのが「篠原風鈴本舗」です。
創業110年、日本で数少ない「江戸風鈴」の専門工房として、
現在は熟練の職人たち計6名が、一つひとつのガラスに命を吹き込んでいます。
今回はそんな篠原風鈴本舗で働く職人の技術についてご紹介します。
型を使わない「宙吹き」と涼やかな「音」の秘密
一般的なガラス製品の多くは、型を用いて均一な形に成型されますが、
篠原風鈴本舗では「宙吹き(ちゅうぶき)」という、型を一切使わずに空中でガラスを膨らませる技法を貫いています。
型を使わないことで、一点ごとに形や厚みにわずかな差異が生まれます。
その微細な個性が、一つひとつ異なる響き、つまりその風鈴だけの音色となるのです。
工房では、職人たちが灼熱の炉と向き合い、真剣な眼差しでガラスを操っています。
江戸風鈴が多くの人々を魅了する最大の理由は、その清涼感あふれる音色にあります。
澄んだ音を生み出すために、「鳴り口(なりくち)」と呼ばれる開口部の仕上げに秘密があります。
通常のガラス器は切り口を滑らかにしますが、江戸風鈴はあえてギザギザの状態にします。
この切り口にある自然なギザギザに触れ、柔らかな摩擦が生じることで、あの情緒豊かな音が響きます。
磨き上げてツルツルにしてしまうと、振り管が滑ってしまい、江戸風鈴特有の風情ある音は生まれません。
あえてギザギザを残す切り口こそが、特徴的なさわやかな音色を作り出す秘訣なのです。
内側から命を吹き込む「裏彩色」の緻密な工程
風鈴を彩る鮮やかなデザインにも、職人の高度な計算が息づいています。
江戸風鈴の絵付けは、すべてガラスの内側から施されます。
内側から描くことで、絵柄が雨風にさらされることなく、長くその美しさを保つことができます。
制作過程では、まず細い筆で輪郭を精密に描き出し、色をのせていきます。
そして最後に、全体を包み込む背景色を塗り重ねて仕上げます。
完成図を頭の中で反転させ、緻密な順序で描き進めるこの作業には、
長年の鍛錬によって培われた鋭い感性と空間把握能力を必要とする工程です。
15年では足りない。理想を追い求める職人の姿
職人の世界において、技術の習得に終わりはありません。
代表の篠原さんは、かつて名人と呼ばれた父(先代)の姿勢を振り返り、こう語ってくださいました。
「よく一人前になるには15年と言われますが、実際には15年でも到底足りません。
名人と呼ばれた私の父でさえ、生涯を通して『自分自身で本当に気に入ったものは、一個もなかった』と言い続けていたほどです」
身近で先代の背中を見てきた篠原さんだからこそ、その言葉の重みを噛み締め、
理想の音色と形を追い求めています。
素材となる顔料(絵具)の製造元が無くなるなど、伝統工芸を取り巻く環境は厳しさを増していますが、
篠原さんはその伝統の灯を絶やすことなく、今日も一つひとつの風鈴に真摯に向き合っています。
