福袋のルーツは江戸時代?知ればもっと楽しくなる初売り
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お正月三が日も過ぎ、初売りのにぎわいも少しずつ落ち着いてきた頃でしょうか。
今年は、どんな福袋と出会えましたか?
中身が見えないからこそのドキドキ感。
袋を開けた瞬間に広がる、思いがけない喜び。
今や日本のお正月には欠かせない存在となった「福袋」ですが、
そのはじまりが、実は江戸時代にまで遡ることをご存知でしょうか。
今回は、単なるセール品としてではなく、
人々の願いや商人の工夫が詰め込まれてきた福袋の歴史をたどってみたいと思います。
福袋のモデルは「神様」の持ち物
そもそも「福袋」という名前はどこから来たのでしょうか。
その由来は、七福神の一柱である「大黒天(だいこくてん)」が担いでいる大きな袋にあると言われています。
打ち出の小槌に米俵、そして肩に担いだ大きな袋。
大黒様が持つその袋の中には、「七宝(しっぽう)」と呼ばれる
寿命・人望・清麗・大量・威光・裕福・愛嬌といった、
人が生きるうえで大切な七つの宝が詰まっていると考えられてきました。
「福」が詰まった袋。
そこから、商売繁盛や一年の幸福を願う縁起物として
「福袋」という名前が生まれたという説が、今も語り継がれています。
ルーツは江戸時代?「恵比寿袋」の誕生
実際に商品として販売され始めたのはいつ頃なのか。
記録に残る最も古い「福袋の原型」とされるのが、江戸時代に販売された「恵比寿袋(えびすぶくろ)」です。
これを売り出したのは、現在の三越の前身である日本橋の呉服店「越後屋」だと言われています。
当時はお正月ではなく、冬の衣替えの時期や
商売繁盛を願う「えびす講」に合わせて販売されていたのだとか。
越後屋では、1年分の着物の裁ち余りの生地(端切れ)を袋いっぱいに詰め込み、
「1分(現在の価値で約25,000円)」という価格で販売。
この“お得さ”が江戸の人々の心をつかみ、
評判は瞬く間に広がっていったといいます。
現在の大丸の前身「大丸屋」でも同様の袋が売られ、
中には金の帯が入った“当たり付き”のものもあったとか。
中身が分からない楽しさや、運試しの要素。
それは、江戸時代の人々にとっても、
今の私たちと変わらないワクワクだったのかもしれません。
「福袋」の名前が定着したのは明治・大正時代
「福袋」という名称で大々的に売り出されるようになったのは、明治時代に入ってから。
明治40年(1907年)には、現在の松屋の前身である「鶴屋呉服店」が福袋の販売を開始したという説があります。
さらに明治44年(1911年)には、現在の松坂屋の前身である「いとう呉服店」が「多可良函(たからばこ)」という名前で商品を販売。
これは50銭で5円相当の品物が入っていたとされ、行列ができるほどの人気だったとか。
他にも、大正時代に「永楽園」というお茶屋さんが始めたという説もあり、
徐々に現在のような「お正月の楽しみ」として全国の百貨店へ広まっていったのです。
江戸の呉服店が始めた端切れの詰め合わせから、
百貨店の目玉商品、そして今では食品や体験型へ。
姿を変えながら受け継がれてきた福袋の底流には、
いつの時代も変わらない二つの想いがあります。
新しい年の始まりに、福を呼び込みたいという人々の願い。
そして、お客様に喜んでもらいたいという商人の工夫。
今年福袋を買った方も、そうでない方も、袋に詰まった長い歴史に少し思いを馳せてみてはいかがでしょうか。来年の初売りでは、そのワクワクが少しだけ深まるかもしれません。
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