400年を受け継ぐ会津木綿ってご存知ですか?
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山々に囲まれた会津の地で、四百年ものあいだ丁寧に織り継がれてきた布があります。
まっすぐに走る縞模様、手に触れたときに感じるふっくらとした厚み。
それは、会津の気候と人々の暮らしがゆっくりと布の中に積み重なって生まれた
会津木綿(あいづもめん)です。
昔から農作業の着物や家族の日用品として親しまれてきた会津木綿は
長く使うほどにやわらかく馴染み、暮らしの中にそっと温もりを添えてくれます。
現在も変わらず手仕事で織られ、会津の土地と人の営みを伝え続けているのです。
今回は、そんな会津木綿がどのように歩んできたのか、その歴史をご紹介します。
会津に根付いた400年の歩み
会津木綿の歴史は16世紀末、戦国の世がようやく落ち着き始めた頃に遡ります。
1570年代から1590年代にかけて、領主・蒲生氏郷が綿花の栽培を奨励したことがその始まりとされています。
伊勢松坂の製織技術が会津に伝わり、のちには伊予松山からも織師が招かれたのだとか。
さまざまな土地の技術が会津の風土に溶け込み、少しずつ「会津ならではの木綿」へと形づくられていったのです。
江戸時代には、藩主・保科正之は綿花栽培をさらに後押しし、農家の冬仕事として機織りが広まります。
会津木綿は、仕事着や野良着として日常の中に深く根付き、家族の暮らしに欠かせない布となったのです。
風土と技が織り上げる、丈夫であたたかな布
会津木綿が持つ、しっかりとした厚みと、触れたときのやわらかな風合い。
その特徴は、会津の気候と、代々伝わってきた技法の積み重ねから生まれています。
会津地方は綿花栽培の北限とされる寒冷地。
寒さによって繊維が短くなるため、紡がれる糸は太く強くなり、
これが丈夫な布の基礎となりました。
さらに経糸(たていと)には、小麦澱粉の糊を丁寧に付けてコシを出します。
糊付けによってできる細かな節が、布の中に小さな空気の層をつくり、
夏はさらりと涼しく、冬は体温を優しく保つ という、季節を問わず心地よく使える機能性を生み出しているのです。
そして、会津木綿の象徴でもある縞模様――地縞(じじま)。
藍・黒・茶・白の落ち着いた色合いは、かつて地域の植物や木の実から取った染料によるもので、
集落ごとに縞の幅や配色が異なっていたのだとか。
素朴でありながら凛とした美しさを持つ縞模様もまた、会津の暮らしを映し出した姿なのです。
会津木綿の風合いを閉じ込めたリングノート

かつては野良着や仕事着、子どもたちの着物などとして親しまれた会津木綿。
今ではバッグやシャツ、エプロン、コースター、財布など、さまざまな形となって日々の暮らしを彩っています。
使い続けるほどにやわらかく馴染み、時間とともに表情が変わる「育つ布」。
忙しい毎日の中でも、そばに置いておきたくなるような温かさがあります。
47 TREASUREでは、会津木綿の魅力をもっと身近に感じられるアイテムをご紹介。
それが、実際の会津木綿をスキャンし、縞模様をそのまま紙に写した表紙のリングノート。
会津木綿の色合いが紙の上に浮かび上がり、
手にするだけで小さな温もりが伝わってくる気が。
まるで“会津木綿をポケットに入れて持ち歩く”ような感覚で使える1冊です。
素朴で優しい雰囲気は、日々のちょっとしたメモやアイデアを書き留めるのにぴったり。
会津木綿の魅力を、毎日の暮らしにそっと添えてみませんか?
