新年の幕開けは、スマホを置いて。かつてフランス貴族も愛した「遊び」で過ごすお正月

師走も半ばを過ぎ、街の空気も少しずつ慌ただしさを増してきました。
仕事納めや大掃除、おせち料理の手配。やるべきことに追われる中で、
ふとスマートフォンに手が伸び、気づけば画面を眺める時間が増えてはいないでしょうか。
次々と流れ込む情報の波に、心が知らず知らずのうちに疲れてしまう。
そんな感覚を抱える方もいるかもしれません。
せっかくの「ハレの日」。
迎える新年は、あえてデジタルから距離を置き、静かに“自分に還る時間”を過ごしてみるのはいかがでしょう。
ブルーライトより、木のぬくもりを。
通知音ではなく、手のひらで生まれる心地よい音色を。
そんな五感を研ぎ澄ます時間のお供におすすめするのが「けんだま」。
子どもの遊びと思われがちですが、実は大人の嗜みにもふさわしい、
奥深い歴史を持つ玩具なのです。
フランス宮廷で愛された高貴な遊戯
けんだまは日本固有の遊びと思われがちですが、そのルーツのひとつは16世紀フランス。
国王アンリ3世も愛したと言われる「ビル・ボケ(Billeboquet)」が、現在のけん玉に通じています。
貴族や上流階級が愛用したビル・ボケは象牙などで作られ、
繊細な彫刻が施された非常に高価なモノだったのだとか。
ただ楽しむだけではなく、造形美を愛でる対象であったビル・ボケ。
遥か昔、フランスの貴族たちが優雅に楽しんだその時間は現代の私たちが求める
豊かな余暇に通じるものがあるかもしれません。
大人たちが愉しんだ、日本での始まり
日本にこの遊びが伝わったのは、江戸時代・安永6年(1777年)頃。
長崎を入口に広まっていきました。
当時の呼び名は「挙玉」や「匕玉拳(すくいたまけん)」。
酒席での遊びとして楽しまれ、失敗するたびに杯を空ける
――そんな大人の社交場の余興だったのだとか。
けん玉は“子ども向け”として親しまれるようになる前は、粋な大人の遊びだったのです。
広島・廿日市で生まれた現代のカタチ
私たちがよく知る、十字状の皿を持つけん玉のスタイルが完成したのは大正10年(1921年)。
広島県廿日市市で「日月ボール」という名で製造が始まったのだそう。
なぜ廿日市市だったのか。
その背景には、世界遺産・厳島神社(宮島)の存在があったといわれています。
神社の造営や修繕のために優れた木工職人が集まり、宮島杓子やろくろ細工といった木工文化が根付いた地域だからこそ、精巧で美しいけん玉が生まれたのです。
現在も廿日市市はけん玉の発祥の地として世界中に名を轟かせています。
47 TREASUREおすすめ けん玉
廿日市の熟練職人が一本一本仕立てるMUGENMUSOUシリーズ。
手に取った瞬間に感じるのは、吸い付くような滑らかな手触りと、計算し尽くされた造形美。素材には、玉に衝撃に強く粘りのある「山桜」をけんに硬質で澄んだ音を奏でる「ブナ」を採用し、ミクロン単位で重量バランスが制御されています。
宮島を象徴する厳島神社の鳥居の朱色と、燃えるような紅葉からインスピレーションを得て調色された「MomijiRed」など、色鮮やかなバリエーションでご用意しています。
もう一つは、東京の三味線職人が、三味線の棹から着想を得て作り出された皿のない“異端のけん玉”。思わず集中が深まる、3本の剣に玉を刺すという高難度の構造。
紫檀・花梨・欅など、楽器にも使われる木材による“音の違い”を楽しめるのも、このけん玉ならではであり、職人のこだわり。
久しぶりに集まる家族との団らんのきっかけに、あるいは一人静かに集中して心を整える時間に。 来るべき新年の幕開け、スマートフォンを少し脇に置いて、その心地よい木の音色を響かせてみてはいかがでしょうか。

